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堀川・・・汚れた姿に隠された華やかな舞台とは3・・
- 2010/01/13(Wed) -
堀川は名古屋へのおもな輸送路なので、さまざまな物が船で運ばれました。

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米や塩、まきや炭、肥料、みそ、しょう油、木材などは重くてかさばるので、船を川岸の蔵につけて、
そのまま運びこめる堀川ぞいの場所が便利でした。

塩町(西区)は塩問屋が多く、星崎(南区)や鳴海(緑区)、知多半島や三河で作られた塩が運ばれてきました。
今では西区に塩町というところはない、今は城西になっている。他になくなった町名は「鷹匠町」「紙漉町」。
将軍が鷹狩をした場所や紙の生産地だったなごりが残っていた。残して欲しい町名ですよね


景雲橋を過ぎると五條橋と中橋がある。この西側が四間道です

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名古屋はこの地方の中心地だった清洲(きよす)が、町ぐるみひっこして生まれました。
さむらいや町人がひっこしたのはもちろん、清洲城(きよすじょう)の天守閣も名古屋に運んできました。
今でも名古屋城の清洲櫓(きよすやぐら)として親しまれています。お寺や神社もひっこしてきました。
もとは清洲を流れる五条川にかかっていた五条橋も、ひっこしてきました。
五条橋のぎぼし(橋のらんかんの先についているねぎぼうずのような形をした物)には「慶長七年」(1602)
ときざまれています。堀川がつくられたのは慶長15年(1610)ですが、
それよりも8年も前の年号がきざまれているということからも、清洲から運んできたことがわかります。
五条橋はその後なんどもかけかえられましたが、今は市内ではめずらしい石のらんかんの橋になっています。
ぎぼしも当事のものは名古屋城で保管され、複製されたものが取りつけてあって、近くの四間道とともに、
昔のふんいきを伝えています。


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コメント
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こんにちは~♪
こちらのブログも素敵ですね!
清洲、懐かしいです。
三河に引っ越す前は名古屋市内に住んでいました。
清洲城も行きましたよ。
桜の季節でしたので楽しむことが出来ました。
またお邪魔させていただきますね^^*
2010/01/13 13:25  | URL | ゆめか #XlpRw3Iw[ 編集] |  ▲ top

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歴史が物語る
後から歴史を紐解く面白さも知りました
やっぱり温故知新いいですね。
2010/01/13 19:14  | URL | Greeb #1wIl0x2Y[ 編集] |  ▲ top

- Re:清洲、懐かしいです -

ありがとうございます
いろいろ載せていきますので
また、見てくださいね
2010/01/13 21:42  | URL | jun #-[ 編集] |  ▲ top

- Re: 歴史が物語る -

> 歴史がすべてを物語る
その通りですね、まだまだ知らないことばかりです
2010/01/13 21:47  | URL | jun #-[ 編集] |  ▲ top


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