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堀川・・・汚れた姿に隠された華やかな舞台とは6・・・
- 2010/01/14(Thu) -
賑わった熱田宿(宮の宿)・・・

江戸時代には、政治の中心であった江戸(東京)から地方への交通の便利が良いように、五つの街道が整備されていました。東海道、中山道、甲州街道、奥州街道、日光街道がそれです。そのなかでも、東海道は江戸と京都を結ぶ、日本で一番通る人が多い重要な街道でした。
 
慶長6年(1601)には、旅人がとまったり荷物の運送などを行う「宿場」が決められ、街道の整備がすすめられていきました。道には日差しをやわらげるため松の木が植えてあり、旅人がどれだけ歩いたのかわかるように、1里(4キロメートル)ごとに、榎(えのき)などの木を植えた「一里塚」がつくってありました。
 
名古屋市内の東海道は、鳴海(緑区)から笠寺(南区)をとおり、熱田に着き、熱田からは、「宮の渡し(みやのわたし)」とよばれる、船で桑名(三重県)へ行くコースでした。波が高くて船が出ないときや、船がきらいな人は、熱田から佐屋街道をとおって桑名に向かいました。また、美濃街道をとおって中山道にでることもでき、熱田は交通の中心地でした。
 
仕事や伊勢神宮へのお参りなどでたくさんの人が行き来し、大名も150家が江戸に行くときに東海道をとおることが決められていました。また、朝鮮から来た朝鮮通信使も、美濃街道で熱田まで来て東海道で江戸に向かいました。
熱田はいつも旅人でにぎわっていました。


向こうにみえる森が熱田神宮です。この道(国道19号)を直進すると名古屋城に行きます。手前に行くと宮の渡し公園があり「七里の渡し」があります。左右は国道1号線右が東京方面で、国道19号の左側に堀川がありますよ     明日に続く・・・

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コメント
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写真は熱田の森ですね
大きな森なんですね神社がすっぱり入ってるんだからすごい
2010/01/15 22:35  | URL | 森のぶたさん #1wIl0x2Y[ 編集] |  ▲ top

- Re: 写真は熱田の森ですね -

熱田は歴史を感じる自然や建造物があって
昔を感じます
2010/01/16 10:53  | URL | jun #-[ 編集] |  ▲ top


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