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江戸時代にタイムスリップ・・「酢の里」
- 2010/01/16(Sat) -
博物館「酢の里」は不思議な空間・・・

運河沿いに建ち並ぶ黒い建物・・異様な佇まいです。
電柱もなければ電線もない・・・創業当時のままの姿がそこにあった。

ミツカン本社隣にある博物館「酢の里」 (愛知県半田市)
創業1804年(文化元年) 酒粕酢醸造に成功した初代中野又左衛門が分家独立。造り酒屋が酢を造る。
それは、勇気ある挑戦でした。


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酢を使う料理といえば、なんといってもおすし。造り酒屋だったミツカンの初代中野又左衛門は、文化元年(1804)、酒粕を利用した粕酢造りに挑み始めました。酒造家が酢を造るなど、江戸時代には考えられないこと。酒桶に酢酸菌が入ると、お酒が全部「酢」になってしまうからです。
けれど、又左衛門の大胆なチャレンジは見事に成功。すっかり評判となった粕酢を、又左衛門は江戸で販売しようと考えます。そのきっかけは、又左衛門の耳に飛び込んできた、「江戸では最近『早ずし』が人気を呼んでいる」という噂でした。


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早ずしとは、ネタと酢飯を握る、今の握りずしの原型のこと。江戸の町で又左衛門は、噂どおり早ずしが江戸の人々に大受けしていること、そして使っている酢は当時まだ高価だった「米酢」であることを知ります。
「米酢を粕酢にすることができたら、もっとおいしくて手軽なすしがつくれるはずだ」
又左衛門は半田に戻り、積極的に江戸への売り込みを開始。すると、「粕酢の風味や旨みがすし飯に合う」と、江戸でも人気のすし屋がどんどん粕酢を使うようになります。江戸っ子のハートをつかんだ握りずしの大ブームとともに、又左衛門の粕酢は江戸前ずしに欠かせないものとなっていったのでした。ミツカンの酢とおすしの切っても切れない関係は、こんなに昔から始まっていたんですね。


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又左衛門は屋敷にこもり、新たな商標づくりに取り組みます。そして考えに考えた結果、ひらめいたのが、(三ッ環)の商標だったのです。又左衛門家の家紋は「三」。三文字の下に○をつけたのは「天下一円にあまねし」という易学上の理念を表します。

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